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カテゴリー: 未分類

経済成長政策とは?―日本再生の政策(その1)

日本の経済成長は本当に止まったのか?

前回までの記事で、いま必要な“堅実な経済政策”というネタを引張ってまいりましたが、それが実際にはどのようなものなのか?・・・・・・ということについて、今回の記事から順次述べて参ります。

先日のニュース番組に出演されていた経済学者サンが、「日本はもう成長してしまっていて、成長戦略なんて古いんですよ!」なんてことを仰っていました。確かに、国内総生産(GDP: Gross Domestic Product)の伸びを示す数値を見れば、日本経済の成長は明らかに頭打ちの状態です。また、この先生は「労働者に負担をさせることで生産コストを抑制することで、本来伸びるはずのないGDPを伸ばしている」とも述べておられます。

ただ、この程度の内容ならば、経済学者ならずとも、シロウトにだってできそうなコメントやんって印象を抱くのです。とはいっても、大臣までお務めになったK団連の御用達みたいな経済学者サンよりは、明らかに優れた見識眼を持っておられるように感じました。

このようにエラソーな書き方をしてしまうのにはワケがあります。というのは、経済学者サンの意見というものが、いま一つ・・・・・・というより二つも三つもというくらい信用できないんですね。なぜならば、バブルが崩壊して以降、いまに至るまでの日本経済を良い方向に導くような結果が表れていないからです。

単に現状分析をしてコメントを付けるくらいなら、経済評論家や経済好きのオッチャンのレベルです。現状分析の上に確かな指針を示せなければ、単なる経済知識人であって、学問としての経済学とは言えぬと思うのですよ、キツイ言い方ですが。

それと、もう一つ言わせていただくと、アメリカ経済がサブプライムローン問題で苦境に陥ろうとしている時に、アメリカに工場を建設していた企業経営者が複数いることです。自国のバブルの崩壊を経験しておきながら、さらにはアメリカ経済危うしという意見が少なからず表面化していた時期において、このような設備投資を行っていたというのは、明らかに経営責任を問われる問題です。

しかし、その経営者どもは退陣することもなく、あろうことか派遣切りによって自分の首をつないだようなものですから、「恥知らずにも程がある!」と申し上げたい。オマケに、こういった輩が経済界で幅を効かしているとなると、この国の経済が好転するチャンスすら見出せないだろうと思うのです。

これだけ書いても言い足りないくらいですが、脱線してばかりになるので、「日本の経済成長は本当に止まったのか?」というところに話題を戻しましょう。それに対する私なりの答えは、「Yes」でもあり「No」でもあります。簡単に言うと、以前のような数値的な成長は止まったという点で「Yes」です。しかし、本質的な経済成長という観点から申し上げると、それは止まるどころか始まってもいないという点で「No」という答えになります。

経済という生き物を太らせるには限界がある!

これまでの経済成長は、国内総生産(GDP: Gross Domestic Product)に表れる数値を基準に判断してきました。数値は変化しますから、「経済は生き物である」という表現が使われてきました。これまでの自由主義経済というのは、自国の経済という「生き物」を太らせることを至上命題としてきたわけですが、数値的に太らせることには限界があります。

ましてや、経済後進国が新興国となって生産力を高めてきている上に、新興国のほうが人口も増えていて、消費能力という面においても日本よりも優れているのですから、日本経済をこれまで以上に太らせようとするところに無理があるのです。こう考えるならば、将来的に進むべき方向性というものが見えてくるはずです。

新興国の経済成長は、まさに戦後日本の成長そのものであり、需要を喚起して生産を増やす、経済という「生き物」を太らせているわけですから、「生き物」を太らせる経済では消耗するばかりです。経済が「生き物」であるならば、太らせるのではなく適切な状態に保つ経済にシフトすることが求められているのです。

これまでは国内総生産(GDP: Gross Domestic Product)数字に追われて、経済という「生き物」を太らせることが企業の役割でしたが、これからは「生き物」を飼い慣らして動かす経済、新興国と共存共栄できる経済を模索しなければならないのだと考えます。そして、新興国と共存共栄できる経済というのが、先ほど述べた“本質的な経済成長”の姿でもあります。

では、具体的な方策として何ができるのかということですが、それについては次回の記事で述べたいと思います。発信する側の私としては、それなりに読み甲斐のある内容だとおもっていますので、またのお越しをお願いいたします。

それと、「日本再生」と題する記事を発信するにあたって、「にっぽん再生―にっぽんを笑顔にしよう!」というトラックバック・コミュニティ=トラコミュを設けました。こちらへのトラックバックもお待ちいたしております。
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カテゴリー: 占い師のつぶやき

改革なくして成長なしと申しますが!?―庚寅年の政策課題―2010年・平成22年の意味するもの(第4回)

2010年(平成22年)庚寅年が日本の将来を左右する!

庚寅年・2010年・平成22年の意味するもの(第1回~第3回)のまとめと経済政策の話!

2010年(平成22年)に求められる経済政策・・・・・・というのが今回の記事のテーマですが、本題に入る前に、これまでの記事を簡単にまとめておきます。これまで3回にわたって「2010年・平成22年の意味するもの」という記事を書いてまいりましたが、それは以下のような内容でした。

第1回が「庚寅(かのえとら)年を占う:易卦」と題して、ここ数年の潮流を“易卦”に置き換えて述べました。2010年(平成22年)、「庚寅(かのえとら)」年の易卦は「无妄(むぼう):天雷无妄(てんらいむぼう)」であり、その卦意は「原点に立ち返って考え、要らぬ欲を排して道理にかなった行動をする」というものでした。

第2回目は「庚寅(かのえとら)年を斬る!」と題して、過去の「庚寅(かのえとら)」年を振り返りながら風水理論による分析を加えました。その結論としては、風水理論の180年周期説で下元(終盤の60年)の2年目に当たる2010年(平成22年)「庚寅(かのえとら)」年は、「2010年代における“旗印”、経済政策を始めとする明確なビジョン」が必要であることを述べました。

そして前回にあたる第3回の記事は「庚寅(かのえとら)年を六十干支で占う!?」と題して、“六十干支(ろくじっかんし)”の一つである「庚寅(かのえとら)」の意味を、純粋な陰陽五行説[陰陽五行思想]の視点から明らかにしました。そこで、「歴史を振り返ることによって過去の良否を見定める見識眼と判断力を持ち、眼前の課題をクリアするための方向を見い出しながら、更なる進化evolutionに向けて前進する。」これが「庚寅(かのえとら)」という干支(かんし)の意味であるということを述べました。

上記に記した3回の記事の要旨で明らかなように、この2010年(平成22年)「庚寅(かのえとら)」年が、この先60年という未来を方向付ける上で、とても重要な年に当たるといえます。また、これらの内容を「占いの話でしょう?!」って感じで信じて頂けないにしても、新たな方向性を見い出すためには“改革”が必要であることには異論は無いでしょう。

そこで、“堅実な経済政策”とは現実にどのようなものなのか?・・・・・・という記事を続けて投稿する予定にしており、記事の構想も出来上がっております。だったらアップすればいいのですが、ある事が理由で投稿の時期を待っているというのが現状です。

理由というのは、政府が昨年12月30日に閣議決定した「新成長戦略(基本方針)」に対して、自民党の石破茂政調会長から「1月にも対案となる党独自の成長戦略を取りまとめる」という発言があったからです。自民党独自の「成長戦略」というものが示されるのであれば、そのあとで私の考える“堅実な経済政策”をアップしたほうがネタが増えて良いだろうと思っている・・・・・・それが理由です。

個人的には(今のところ)好感を持っている石破さんの発言ですから、「党独自の成長戦略」というのを楽しみにはしています。ただ、小泉内閣以来、閣僚として重要な役割を担って来られた方ですから、これまでの“骨太の方針”から大きくは転換できないんじゃないだろうかという不安もあります。正直、期待ハズレになるんじゃないかと思ったりもします。

では、なぜ“骨太の方針”から大きくは転換できないのか?・・・・・・これが今回の記事のネタです。

改革なくして成長なし!・・・・・・ですが?

「改革なくして成長なし!」というフレーズは、一昔前に誕生した小泉政権の「構造改革なくして景気回復なし!」というスローガンに似ていて、使い古された感があります。ですが、使い古されたイメージとは逆に、この10年の間に、本当の“改革”は何もなされていないと思っています。見せ掛けの看板だけで、いわば税金という金を取られただけで、手元には何も残っていないっていうのが“骨太の方針”だったと思うのです。

「小さな政府」や「民にできることは民に」、「三位一体の改革」等など、耳障りの良い言葉と合わせて「聖域なき構造改革」という形容を付けてブチ上げた“骨太の方針”でしたが、その結果が今の世の中です。

しかし、それが小泉さんだけの責任ってことではなくて、それ以前の政府関係者、政府関係者を取り巻く経済人や官僚や学者さん人たちによる失政であるといえます。バブル崩壊以来、“改革”と名のつく言葉は耳にタコができるくらいに耳にしましたし、ウンザリするくらいに目にもしました。しかし、未だ明るさを感じぬままで、“日出る国”の夜は明けていないと思うのです。

また、2002年2月から2007年10月までの「名目GDP」の数値を根拠に「いざなみ景気」と言われましたが、その恩恵を実感できた人は極めて少なかったというのが現実です。小泉信者の方には失礼ですが、「聖域なき構造改革」という耳障りの良い言葉とは裏腹に、“改革”すべき内容を誤ったということが近い将来に明らかになり、「失われた10年(1990年代)」が「失われた20年(1990年代~2010年)」であったと修正されることでしょう。

まあ、過去の失政に関する話よりも重要なのは将来の話です。ですが、過去の過ちを糧として将来に役立てるためにも、この10年間の“改革”の中味が何だったのか、それを検証しておかなくてはなりません。ということで、過去の政策ビジョンについて触れておきます。

骨太の方針の「骨太」とは何だったのか?

小泉さんが総理に就任した2001年からの9年間にわたってだされた「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」―2007年からは「経済財政改革の基本方針」に名称変更―が“骨太の方針”ってやつですね。で、“骨太の方針”は経済財政諮問会議(第二次森内閣~麻生内閣)からの答申として出されるのですが、そのメンバーというのは次のような肩書きの方々なのです。

まず、総理大臣を議長として、内閣官房長官、経済財政担当大臣、総務大臣、財務大臣、経済産業大臣、日本銀行総裁。さらに民間有識者(民間議員)として財界(経団連関係者)と学者(官僚OBを含む)が各2名の総勢11名で構成されていました。“経済財政諮問会議”という名称は大層なものですが、時の内閣と経済界の代表と御用学者(?)で構成される“仲良しグループ”と言えなくもないような・・・・・・失礼な表現ですが。

それで実際のところはどうなのか?・・・・・・てことですが、それは次のリンクにある資料を参照していただければ判断できると思います。

上記の資料を見比べて感じるのは、経済財政諮問会議の答申に、経団連の意向が強く反映されているということです。特に目に付くものを挙げると・・・・・・

  • 消費税の引き上げ
  • 法人税の引き下げ
  • 行政改革・官から民への権限委譲
  • 地方分権・道州制の実現
  • 教育制度改革

・・・・・・といったところです。

税制改革の部分を勝手に解釈すると、企業が儲けた利益に課す税金は少なくして、不足する部分は消費税を上げることで対応しなさいってことですね。こう言っちゃうと、よその国の消費税なんかを持ち出してきて、消費税をアップすることが“フツー”であるかのような意見も出て来るでしょう。しかし、それは税制の一端を切り取って出してきているだけで、医療だとか教育だとか福祉とか年金といった部分も全部トータルして比較し、すべての国民が暮らしやすいレベルにあるか否かが明らかになる話です。今の日本にとって、消費税を上げること、生活に困窮している人にまで税というのでは、堅実で賢明な政策とは言えないでしょう。

そこで、“骨太の方針”を答申したとされる経済財政諮問会議ですが、その中味というのは、経済界で威張っている人たちと与党と御用経済学者で構成した仲良しグループであり、この人たちが国の金をどのように工面して自分達に都合よく配分するかって話を決めて、これに政策という“錦の御旗”を立てているだけのものなんだと、私は勝手に考えてしまうのです。

経済だの財政だのとカッコのいい名前を付けていても、目先にある限られたカネを都合よく使うにはどうすれば良いのかってことを仲間内で決めているだけで、50年後はおろか、10年後、20年後の日本の在り方を考えているようには思えないのです。

そのほかに「行政改革」や「民にできることは民で」とか、「新しい産業の創生や育成」や「教育制度」とかいった美辞麗句を並べ立ててはいます。ですが、5年後10年後の庶民の生活に希望を抱けるようなビジョンは明確に示されていなくて、下々の民が抱くのは不安ばかりです。これでは、農民に負担を押し付けた江戸時代の“改革”と似たようなものです。

そして、“骨太の方針”というのは、政治や経済の屋台骨を背負っている(とカン違いしている?)人たちの身を肥やす政策=骨を太らせる政策で、そこに血となり肉となって屋台骨を保っている人々をやせ衰えさせる政策だったのではないかと思うのです。まあ、屋台骨を背負っている(とカン違いしている?)人たちからすれば、単なるダイエット程度の意識なのかもしれませんが。

また、下々の民に負担を押し付ける政治を行う先に待っているのは破綻であるということが歴史的にも明らかです。黒船がやって来たときには“開国”と“大政奉還”で事なきを得ましたが、次に“黒船”がやって来た時にはどうなるのか?・・・・・・国民が富んでいない、“骨太”でもやせ細った国の行き着く先が、“解国”でなければ良いのですが。

ということで、こういう不安(というより妄想?)を打ち消すためにも、明るい未来の設計図を示して頂きたいと思っています。この記事の前段でも書きましたが、与野党によって「成長戦略」が論じられるのは良いことだと思います。ただ、この国の血肉となって働いている人たちの目線で議論して頂きたい・・・・・・それこそが2010年(平成22年)庚寅年の政策課題だと思うのです。

なお、血肉となって働いておられる人たちによって生かされている、微生物のような存在かもしれない私ですが、それでも善玉菌のようなことができないだろうかということで、個人的に考える“堅実な経済政策”というものを投稿する予定です。民主党や自民党の「成長戦略」とは違った、微生物なりの“提案”ですが、それなりに喜んでいただける記事を考えています。またのアクセスを、心よりお待ちいたしております。

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カテゴリー: 占い師のつぶやき

庚寅(かのえとら)年を六十干支で占う!?―2010年・平成22年の意味するもの(第3回)

庚寅(かのえとら・コウイン)の意味―本物の陰陽五行理論に基づく解釈!

前回の記事の流れから少し離れて、「庚寅(かのえとら・コウイン)」の意味そのものについて、陰陽五行理論[陰陽五行思想]に基づいた解釈をいたします。タイトル部分に「本物の陰陽五行理論」と記しているのは、陰陽五行理論そのものの理解を間違って干支の解釈をしているものが多く見受けられるためであって、それに対すして正統な解釈というものを記しておこうと考えたのです。

そこで、ここでは陰陽五行研究のオーソリティである中村 璋八(なかむら しょうはち)教授が訳された『五行大義』(明徳出版社・明治書院)と、易学研究の碩学でもある安岡 正篤(やすおか まさひろ)師の『干支の活学』(プレジデント社)などを参考にして、「庚寅(かのえとら・コウイン)」の意味を解説いたします。

庚寅(かのえとら・コウイン)は六十干支の一つ

「干支」は音読みすると「カンシ」、訓読みでは「えと」と読みます。日本で「えと」というと、子(ね:ねずみ)から亥(い:いのしし)までの12種類で構成される「十二支」を連想しますが、これは「干支(えと・カンシ)」の「支」を指し、「支」は「地支(チシ)」とも呼ばれます。

そして、「支」=「地支(チシ)」に組み合わせるもととして「干(カン)」と呼ばれるものがあり、「天干(テンカン)」とも称されます。この「干(カン)」は、「甲(コウ:きのえ)」、「乙(オツ:きのと)」、「丙(ヘイ:ひのえ)」、「丁(テイ:ひのと)」、「戊(ボ:つちのえ)」、「己(キ:つちのと)」、「庚(コウ:かのえ)」、「辛(ジン:かのと)」、「壬(ジン:みずのえ)」、「癸(キ:みずのと)」などの10種類で構成され、10種類の「干(カン)」をまとめて「十干(じっかん)」と言います。下記の表は、「十干」と「十二支」を陰陽五行に分類したものです。

《十干分類表》
十干分類表

《十二支分類表》
十二支分類表

上記の各表で分類した陽干と陽支、それに陰干と陰支、つまり陽のもの同士あるいは陰のもの同士が結び付いたものが本来の「干支(カンシ)」であり、その組み合わせが全部で60種類あることから「六十干支(ろくじっかんし)」と呼ばれます。「六十干支」は年月日時にそれぞれ割り当てられ、年の「干支」は60年で一巡し、月の「干支」は60ヶ月=5年で、日の「干支」は60日で、そして時の干支は一時(いっとき)を2時間とみて120時間=5日間で、それぞれ一巡します。60歳を還暦として祝うのは、年の「干支」が一巡して生まれた年の「干支」に還ることを意味します。
下記は「六十干支」を表にしたものです。枠内の数字は干支番号。

《六十干支表》
六十干支表

上記の60種類の「干支(カンシ)」の中で、「庚寅(かのえ とら)」は27番目に位置します。「庚(かのえ)」は陰陽でいうと陽の「干(カン)」であり、五行では金行=金性に分類されますので、“陽金(ようきん)”の「干(カン)」とされます。一方の「寅(とら)」は陽の「支(シ)」であり、五行は木性に分類されますので、“陽木(ようもく)”の「支(シ)」とされます。

さて、以上が「干支(カンシ)」の基本的な説明です。では次に、“陽金(ようきん)”の「干(カン)」と“陽木(ようもく)”の「支(シ)」とを組み合わせた「干支(カンシ)」である「庚寅(かのえとら)」が意味するものとは何か?・・・・・・ココからが本題である「庚寅(かのえとら)」の意味と解釈です。

庚寅(かのえとら・コウイン)の寅が意味するものとは?

既出の《十干分類表》《十二支分類表》の下部には、「干」と「支」を五行に分類し、それぞれに“方角”、“季節”、“色”などを記していますが、このほかにも、さまざまな意味があります。しかし、それを詳細に述べるのは当記事の本旨ではないので、ここでは「庚寅(かのえとら)」の意味を知るのに必要なものだけを取り上げます。まずは「十二支」の「寅」から。

「十二支」は「ねずみ=子」・「うし=丑」・「とら=寅」・「うさぎ=卯」・「たつ=辰(竜)」・「へび=巳」・「うま=午」・「ひつじ=未」・「さる=申」・「とり=酉」・「いぬ=戌」・「いのしし=亥」などと、実在の生き物や想像上の生き物にたとえられていますが、これは「十二支」を覚えやすくするために便宜的に結び付けたものです。ですから、「寅年生まれの人は才知豊かで実行力がある」などというのは迷信的なものであり、本来の占いとは別のものなのです。

暦(こよみ)に記される「十二支」は、元もと年・月・日・時刻を表すために使われたものなのですが、これを誰もが覚えられる十二種類の生き物に置き換えて表しすことによって、時間的な変化を多くの人が共通して認識できるようにしたのですね。しかし、「十二支」というのは一年という時の流れを植物の盛衰を十二段階のサイクルに置き換えて表現したものなのです。『五行大義』では、「寅」の意味について次のように述べられています。

  • 「寅(イン)は移なり。亦(マタ)引と云ふ。物の牙(メ=芽)稍(ヨウヤ)く吐き、引きてこれを申(ノ)べ、地より移出するなり」。
  • 「寅は螾動(インドウ=動くさま)して生ずるなり」。
  • 「寅は引くなり。肆途(シト=伸びること)の義なり」。

このように、「寅」が意味しているのは植物が芽吹く時であり、季節では初春、月で言うと立春の月である2月を表しています。また、安岡正篤師の『干支の活学』には、次のように記されています。元もとは「甲寅」について述べられている文章ですから、前出の『五行大義』から引用した内容とは若干異なります。

―寅の字の真ん中は、手を合わせる、約束する象形で、下の八は人である。「つつしむ」の意があり、寅畏(いんい)という語がある。また、寅は演に通じ、進展を意味する。敬(つつし)んで協力することを寅亮(いんりょう)ともいう。転じて同寅(どういん)と言えば同僚であり、同僚の誼(よしみ)は寅誼(いんぎ)ともいう。志しを同じうするもの相約し、敬(つつし)んで時務(じむ=眼前の課題)を進めねばならぬ。しからずんば畏(おそ)るべきことになる。―

上記「寅の字の真ん中は、手を合わせる、約束する象形」とする部分は、寅月が立春の月でもあり、元もとの正月であったことから、旧い年と新しい年とが「手を合わせる」ということと、旧暦12月と1月との時間的なつながりを「約束する象形」として述べられているのです。そして、『五行大義』の意味と合わせると、「前年の流れを受けつつ、眼前の課題を進めるために新たな行動に移る」という意味になるものと考えます。

庚寅(かのえとら・コウイン)の庚が意味するもの!

次に「十干」の「庚(かのえ:コウ)」です。「十干」は「甲(コウ:きのえ)」・「乙(オツ:きのと)」・「丙(ヘイ:ひのえ)」・「丁(テイ:ひのと)」・「戊(ボ:つちのえ)」・「己(キ:つちのと)」・「庚(コウ:かのえ)」・「辛(シン:かのと)」・「壬(ジン:みずのえ)」・「癸(キ:みずのと)」といった“10種類の干”で構成されており、それぞれの漢字は植物の盛衰を十段階のサイクルに置き換えるとともに10種類のタイプに分けて表しているのです。

あれれ、植物の盛衰を十二段階のサイクルに置き換えて表したものが「十二支」で、「十干」は植物の盛衰を十段階のサイクルに置き換えるとともに10種類のタイプに分けて表している?・・・??・・・「植物の盛衰を十二段階と十段階のサイクルで表すとは何のこっちゃ?」って混乱しちゃうのが当たりまえです。中国伝来の占術を扱う占い師にだって、この意味を知らずに占っている者が少なからず居るのですから。

そこで、「十干」のサイクルと「十二支」のサイクルの違いを簡単に述べておきます。「十干」というのは太陽系の中に位置する地球が、宇宙から受けるエネルギーを10種類のパターンに分けたもので、「甲(コウ:きのえ)」→「乙(オツ:きのと)」→「丙(ヘイ:ひのえ)」・・・・・・へと変化し、それが「癸(キ:みずのと)」に至った後に再び「甲(コウ:きのえ)」へと移行する状態を表しているのです。「干」には宇宙・太陽=天から授かるエネルギーという意味があり、それゆえに「天干(てんかん)」と呼ばれるのです。

一方の「十二支」はというと、太陽を中心に公転する地球そのものの状態を12種類の段階に分けて表したものです。地球そのものの状態を表したものであることから、「十二支」は「地支(チシ)」とも呼ばれます。そして、「天干(テンカン)」と「地支(チシ)」の変化を示すものとして、「六十干支」が考え出されて、それが自然の営みや人に与える影響を判断し、これを役立てるために占いが行われるようになったというワケです。

また講釈が長くなりましたが、「天干」の一つである「庚(かのえ:コウ)」について、『五行大義』では下記のように記されています。

  • 「庚は更也」。
  • 「庚辛申酉は金也。位西方に在り」。
  • 「西方の物、既に成りて、殺気の盛んなるなり」。

上記は、一時的な収縮とか収束のエネルギー、物理学的にいうと集束のエネルギーが「庚(かのえ:コウ)」に備わっていることを意味します。エネルギーというのは、集束して消えてしまうものではなく、その後に再び拡散するものです。つまり、跳び伸び上がるために一時的に身を屈めるようなものでしょうか。また、安岡正篤師の『干支の活学』では、次のように記されています。

―「庚」には三つの意味がある。第一は継承・継続。第二は償(つぐな)う。第三は更新。つまり庚は、前年からのものを断絶することなく継続して、いろいろの罪・汚れを払い清めて償うとともに、思い切って更新していかねばならぬということである。革命revolutionにもっていかずに、進化evolutionに持っていく。これが庚の意味である。―

「革命revolution」とは急激に変化させることであり、「進化evolution」というのは周囲の条件やそれ自身の内部の発達に伴って変化することです。これらを要約すると、「過去を省みて改めるべきところを改めつつ、流れを絶つことなく更なる進化evolutionのための方向を見い出す」ということになると思います。

そして、「十二支=地支」の「寅」が意味する「前年の流れを受けつつ、眼前の課題を進めるために新たな行動に移る」と、「十干=天干」の「庚(かのえ:コウ)」が意味する「過去を省みて改めるべきところを改めつつ、流れを絶つことなく更なる進化evolutionのための方向を見い出す」を重ねて解釈すると、「歴史を振り返ることによって過去の良否を見定める見識眼と判断力を持ち、眼前の課題をクリアするための方向を見い出しながら、更なる進化evolutionに向けて前進する。」これが「庚寅(かのえとら・コウイン)」の意味であるということでしょう。

ということは、現在の行き詰った状況の中で、政治や経済を活性化させるためには、「過去の良否を見定める見識眼と判断力」を持っていなければ、「更なる進化evolutionに向けて前進する」ことができないということです。

近頃はホームページ以外にも“社長ブログ”とか“議員ブログ”といったものが増えているだけでなく、昨年から日本でも流行りだした“Twitter(ツイッター)”を使って、経営者さんや政治家さん自身(?)の意見や情報が発信されています。ところが、そこから面白い内容の記事を発見するのは観点ですが、政治や経済に関して“ビジョン”を感じさせるものを見つけるとなると極めて少ないと感じるのです。

まあ、どのレベル記事を“ビジョン”として捉えるのか?・・・・・・というハードルの高さにもよりますけれど、現実のところは自己PRにしかなっていない内容の記事が多すぎて、「過去の良否を見定める見識眼と判断力」を感じさせるものが少ないと思うのです。はっきり言って、読む気がしない内容の記事が多すぎます。

というワケで、「占い師風情が・・・・・・」と言われるのを覚悟の上で、占い師から見た「2010年の展望」を発信しようと思ったのです。手前味噌ですが、未来への指針という点では「当たっていはず!」と思っています。つづきは次回の記事で。

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カテゴリー: 暦(こよみ)の話

庚寅(かのえとら)年を斬る!―2010年・平成22年の意味するもの(第2回)

庚寅(かのえとら・コウイン)の年とは?・・・・・・過去の庚寅年を振り返る!

毎年のことですが、年末や年始になると占い師だけに止まらず、政治や経済の評論家センセーまでもが、新しい年を占ったり予測したりしますね。そして、占い師の占いが当たらないってのはともかく、評論家のセンセー方の予測だってハズレというのも珍しくない話ですが、何故だか当たらなかったことを批判されるのは占い師のほうが多いような。。。評論家のセンセーの予測がハズれるほうが問題だと思うんですが。

ということで、今回のシリーズ記事はハズさない占いをするために・・・・・・というよりも、政治や経済の舵取りをされる方が間違った方向に進まないように、本道というべき方向性を示す占いをしてみようと思っています。

そして今回の記事は、新しき庚寅年を知るために、旧き庚寅年をたずねてみようという意味で、「庚寅(かのえとら)年を斬る!」というタイトルにしました。ドラマ「ガリレオ」の湯川学のセリフを借りると、「実に良いタイトルだ」と思っています(自画自賛)。

庚寅(かのえとら・コウイン)の年とは騎虎の年か?

庚寅の年は「騎虎(きこ)の年」とも称され、「千里を走る虎」に例えられます。「千里を走る虎」は勢いがつくと止まらず、勢いもあるけれど波乱も起こる年とする占いの解釈があります。それ「ホンマでっか?」というワケで、過去の庚寅年の波乱な出来事や重大な出来事を調べてみました。

  • 西暦30年・・・・・・イエス・キリスト没。
  • 西暦90年、150年、210年、270年、330年、390年、450年、510年、570年・・・・・・特記事項なし。
  • 西暦630年・・・・・・遣唐使を初めて派遣。
  • 西暦690年・・・・・・中国に周が成立。
  • 西暦750年・・・・・・アッバース革命。
  • 西暦810年、870年、930年、990年、1050年、1110年、1170年、1230年、1290年、1350年、1410年、1470年、1530年・・・・・・特記事項なし。
  • 西暦1590年・・・・・・豊臣秀吉が日本を統一。
  • 西暦1650年、1710年、1770年・・・・・・特記事項なし。
  • 西暦1830年・・・・・・フランス7月革命、が勃発。ロシア帝国支配下のポーランド・ワルシャワで11月蜂起。
  • 西暦1890年・・・・・・第1回衆議院議員総選挙。『教育勅語』を発布。第1回帝国議会開院。
  • 西暦1950年・・・・・・イギリスが中華人民共和国を承認。中国とソビエト連邦がベトナム民主共和国を承認。朝鮮戦争勃発。自衛隊の前身、警察予備隊発足。

・・・・・・とまあ、このような次第で、日本や世界を揺るがすような出来事は、西暦1830年以降に見受けられる程度です。

ということは、庚寅の年は「騎虎(きこ)の年」とも称されるけれども、「勢いもあるけれど波乱も起こる年」なんてことはなかったんですね。むしろ、大きな波は他の年に起こっていると言えるでしょう。都合の良いところだけ引用して、「勢いもあるけれど波乱も起こる年」などと断定的に書いて、読むものに信じさせるというのは珍しくない手法です。気を付けたいものですね。

それと、「騎虎(きこ)」という言葉は『隋書』に記されていた文言から生まれた「騎虎之勢(きこのいきおい)」という四字熟語の転用であり、占術的な解釈に由来するものではないのです。こういった成語に例えて表現する手法も、聞き手の思考を撹乱する手法なのかもしれません。

ただ、西暦西暦1830年以降に限ってみると、確かに潮流の変化というものを感じます。これは昨年の記事、「中庸を心がける年‐己丑(つちのと うし)‐平成21年(2009年)の指針!」において取り上げた、風水の周期である「一元(180年周期)」の転換期に影響を受けた変化であると考えられます。

さて、風水の周期である「一元(180年周期)」を「上元、中元、下元」に三分割した、下元の始まりの年が昨年「己丑(つちのと・うし)」年であり、今年は下元の二年目に当たります。ここで、今回の「一元(180年周期)」の上元(1889年~1948年)と中元(1949年~2009年)の初期と下元の初期に当たる現在の潮流を比較すると、大きな違いがあることが分かります。

まず、上元の初期である1980年代は、明治維新後の日本が近代化に向けてスタートを切った時期であり、富国強兵の旗印の下に東アジアの盟主として発展を遂げることになります。つぎに、中元の初期である1950年代というのは、戦後日本が復興へと歩みだした時期であり、民主主義国家という旗印の下に米国に依存しながらも高度経済成長へと向いました。では、下元の初期である2010年代は何を旗印とするのか?

2010年代の旗印―いま求められるのは?

手厳しい言い方をさせて頂くと、鳩山さんが唱える「友愛社会」というのは、ビジョンではなく“お題目”であり店の看板のようなものです。店の中には、日本国民を納得させるような商品が揃っているわけではありません。税金という名目の代金だけとられて、国民の心を満たすような商品が無いのです。極端な言い方をすると、旗印は「友愛社会」でも何でも良いから、的確かつ堅実な政策という商品が必要なのです。

この、これといったビジョンを持たない看板倒れの政治は、今の民主党政権に始まったことではなく、ここ数十年の政府与党に共通していることであり、それが「失われた10年」どころか「失われた20年」へなって閉塞感を増し続けているのです。ですから、今こそ堅実な政策を明示できなければ、下元に当たる60年どころか、その先の繁栄もあり得ません。日の丸だって無くなっているかもしれないのです。

そこで、最も急がれるのは経済政策でしょう。「政治は税である!」(鳩山さんのコメント)などとホザくのは阿呆な話で、政治の根本は経世済民であり、堅実な経済政策が存在してこそ税が生まれるのです。堅実な経済政策なくして「政治は税である!」などと言うのは、「友愛社会なんてスローガンは、絵に描いた餅です!」と言っているようなもんです。

では、現実問題として、“堅実な経済政策”ってヤツはあるのか?・・・・・・ってことになりますが、それはもちろんあります。それが無くて現政権をコキ下ろすだけなら、与党の座から転落した政党と同じです。与党批判をするよりもウンと素晴らしくて、景気を一気に明るくする“堅実な経済政策”があるのです。しかも、それだけでなく、行政にも教育にも堅実な政策があるのです。

偉そうに言っているように受け取られるかも知れませんが、特別なことを書いているのではありません。極めてフツーのことなのですが、政治家さんも学者さんも誰も言わないから、書かなきゃって思うのです。

で、ここまで書いてモッタイぶるようですが、記事が長~くなり過ぎるので、つづきは改めてということに。近いうちにアップいたします。所詮は占い師のタワゴトですが、一読の価値はあると思います。

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庚寅(かのえとら)年を占う:易卦―2010年・平成22年の意味するもの(第1回)

平成21年(2009年)から平成22年(2010年)への変化

昨年、平成21年の日本を表す漢字として、漢字能力検定協会から発表されたのが「新」という字。
「新」以外に、今年の漢字として投票されたのは・・・・・・

  • 第2位―「薬」(薬物汚染・新型インフルエンザ)
  • 第3位―「政」(政治・政権交代)
  • 第4位―「病」(新型インフルエンザ・薬物依存)
  • 第5位―「改」(政治経済の改革と生活の改善)
  • 第6位―「変」(内外の政治の変化)
  • 第7位―「民」(民主政治への期待・民主党政権の誕生)
  • 第8位―「鳩」(鳩山内閣発足)
  • 第9位―「代」(政権交代・世代交代)
  • 第10位―「交」(政権交代)

・・・・・・など、ベストテン入りした漢字の多くが、潮流の変化を反映しています。2009年は、まさに時代の潮目にあたる年であったと言えるでしょう。

ところで、平成20年(2008年)の年末から平成21年(2009年)の年始にかけて、「2009年の己丑(つちのと うし)年を占ってみる!?」というシリーズ記事をアップして、それぞれの年を易卦を表しましたが、これも時代の潮目を意味するものでした。あらためて列記すると・・・・・・

  • 平成19年(2007年)丁亥(ひのと い)年の易卦が賁(ひ):山火賁(さんかひ)山火賁(さんかひ)(飾る。それが窮まって破れるという意)、
  • 平成20年(2008年)戊子(つちのえ ね)年の易卦を剥(はく):山地剥(さんちはく)山地剥(さんちはく)(はがれて崩れ落ちる意)、
  • 平成21年(2009年)、己丑(つちのと うし)年の易卦を復(ふく):地雷復(ちらいふく)地雷復(ちらいふく)(一陽来復、元の状態に復する兆しの意)、

・・・・・・というものでした。

そして、易卦の順番で見ると・・・・・・
復(ふく):地雷復(ちらいふく)の次、つまり平成22年(2010年)の易卦として、无妄(むぼう):天雷无妄(てんらいむぼう)天雷无妄(てんらいむもう)が位置します。
无妄(むぼう):天雷无妄(てんらいむぼう)天雷无妄(てんらいむもう)は、上卦に「天」を表す易八卦「乾=けん」と、下卦に「雷」を表す易八卦「雷=らい」とを組み合わせた卦であり、岩波文庫の『易経』(高田真治・後藤基巳訳)には、次のように記されています。

「无妄(むぼう)は、虚妄(きょもう)なきこと、自然のままにして真実なこと。卦徳(かとく)の天道をもって動くに取る。この无妄真実の道をもって事を行えば大いに亨(とお)るが、そのためには真正を保つことがよろしい。もし動機が不正であるならば、かえってみずからわざわい(眚=わざわい・あやまち)を招くことになるであろうから、進んで事を行うにはよろしくない。」

これを易しく解説したものとして、安岡正篤師の『易経入門』(明徳出版社)では以下のように述べられている。

「妄はみだり(妄り)・うそ・いつわりである。世の男どものそういうことは、多く女に関連するというわけで女を示し、亡を音符とするといわれるが、単なる音符ではなく、信(まこと)を亡(うしな)う意を暗に示している。自然は妄(もう)ではない、即ち无妄(むぼう)である。卦の面から言っても、(下卦に位置する)雷は動であるから、天に従って動く象(しょう=かたち)である。元(おおい)に亨(とお)る。貞(ただしき)に利(よろ)し。これに反して正義でなければ、眚(わざわい)がある。妄に進んではいけない。自然真実に反して何処(どこ)に往けようか。天命が祐(たす)けない。行けるわけのものではない。」

「妄(ぼう)」という漢字には、「すじ道が立たないこと」「あとさきを考えないこと」「無作法で分別のないこと」「うそ」「いつわり」などの意味があります。「妄(ぼう)」は誠の反対であり、心に迷いがあって、的確な判断ができない状態、欲に惑わされた姿でもあると考えます。ですから「无妄(むぼう)」の「无」は「無」であり、「无妄(むぼう)」の意味するところは、欲に惑わされず、的確な判断をすることです。

また、易では「妄(ぼう)」を「望(ぼう)」という字に置き換えて「无望(むぼう)」と捉えて、「望まない」ことが結果として現れるとも解釈します。これは、謙虚な心で居れば望外の福が得られ、過分な望みに対しては眚(わざわい)が起こって期待はずれの結果になるということです。

そもそも、飾ることを表す賁(ひ):山火賁(さんかひ)が窮まり、飾ったものが剥(は)がれ落ちる剥(はく):山地剥(さんちはく)に進んで、そこから再スタートを意味する復(ふく):地雷復(ちらいふく)へと至ったわけです。だから、ここで過分な望みを持って進むことは賁(ひ):山火賁(さんかひ)に戻ろうとすることにほかならず、それは无妄(むぼう):天雷无妄(てんらいむぼう)の卦意に反することとなります。

つまり、ここは原点に立ち返って考え、要らぬ欲を排して道理にかなった行動をする、それこそが无妄(むぼう):天雷无妄(てんらいむぼう)の卦意なのです。過分な望みを剥ぎ取って、公平無私な虚心坦懐のスタンスを取ることが、着実な前進をもたらす、それが无妄(むぼう):天雷无妄(てんらいむぼう)の示すところなのです。余計なものを抱えたままでは、「新た」にすることにも「改まる」ことにもならないということでしょう。

では、具体的にはどうするのが良いのか? それについては次回以降の記事で述べたいと思います。近日中に更新いたしますので、またのご訪問をお願い致します。

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十二直、閉(とず)の意味―暦(こよみ)・十二直の解説―完結!

十二直の閉(とず)が意味するものとは?

今回の記事は、十二直の第十二番目に位置する閉(とず)の解説です。長きに亘ってサボっておりましたが、今回の記事で十二直の解説は、漸(ようや)く完結することができます。来年は、もう少しマメに更新せねば!・・・・・・と思っておりますが、それは努力目標ということにしてください。

十二直・閉(とず)

十二直の「閉(とず)」には、前回の記事に取り上げた「開(ひらく)」と逆の意味があります。 「開(ひらく)」が「開ける」、「開けて通じる」という意味であったのに対して、「閉(とず)」には「開いていたものが閉じる」、「通じていたものが閉じて通じなくなってしまう」、「通じていたものが止まる」と解釈されています。

安倍清明公の流れを継ぐ土御門家の資料には、「開くこと専(もっぱ)らであれば、有ることなく故(ゆえ)に閉じてこれを守る」と記されています。これを現代文に置き換えると、「開けっ放しでは加減を考えずに、必要だからという理由を付けて貪るように使ってしまう。そこを節度を持って閉じなければ、次に巡り来る「建(たつ)」の効果が無くなってしまう」・・・・・・という意味になります。要するに、何もかもを「閉じる」ってことではなくて、「節度を持って閉じる」ことの必要性を示しているのです。

「開(ひらく)」には、収めたままにしておくばかりでは、何のために保管しているのか意味がなく、それを使うことによって初めて意味を成すという意味がありましたが、それも過ぎたるは及ばざるが如しで節度を持って使い、「閉じる」べきところはキッチリと閉じておかなくてはならんということですね。

具体的には、

  • 金銭の収納や集金
  • 貯金や貯蓄
  • お墓の建立
  • 穴塞ぎ
  • 抹消登記や離婚届
  • 示談交渉の締結
  • トイレの造作

・・・・・・などにはOKの日ということです。

では、閉(とず)の日にNG、すなわち凶とされていることは、

  • 出すこと
  • 新規に始めること

・・・・・・となっています。

具体的には、

  • 新築に増改築
  • 婚礼や慶事
  • 開業・開店
  • 移転や引っ越し
  • 習い事や稽古ごと始め

・・・・・・といったところです。

「閉(とず)」は十二運の「養(よう)」、六星占術の十二運勢では「緑生(りょくせい)」に相当します。「養(よう)」には、胎内で養われ、長生の時を向かえるための準備をしている時期という意味があり。六星占術の「緑生(りょくせい)」は、ものごとが成長する時期であるが、ダメになる場合もあるという不安定さを示す解釈がされています。前日の「開(ひらく)」 で生命の再生はしても、まだまだ不確定なことが多いということですね。人間でいえば妊娠初期を表していますから、安静が必要なのですね。

ところで、「閉(とず)」という言葉は、何だか2009年の世情を連想してしまいそうですが、政治や経済の舵取りをする方達が「節度を持って閉じる」ことが出来たのか出来得なかったのか、評価が分かれるところですね。まあ、2010年度末の国債発行残高が637兆と予測されていますから、何をかいわんやですが。

さて、これで十二直の解説は一通り済ませることができました。年末ギリギリではありましたが、これで心置きなく年頭の記事をアップすることができます。

年初には、「庚寅(かのえとら)年の意味するもの」というテーマの記事を作成する予定です。元気の出る内容になると思いますので、ご訪問くださいますようお願いいたします。

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